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2008年3月

2008年3月18日 (火)

埴輪は語る

宮崎県では、形象埴輪(人や物を象った埴輪の総称)の出土が、2002(平成14)年まで待たなければならなかったらしい。

鉱脈社発行の北郷泰道氏の著書『古代日向・神話と歴史の間』によると、「 (前略) ここ5年程前までは、全体像を知りうる人物埴輪や動物埴輪は一つとして存在しなかった、と断言する。 (中略) 確かに、重要文化財に指定された西都原古墳群(西都市)出土の子持家形埴輪と舟形埴輪の存在感は強烈である。だからといって、多くの形象埴輪(人や物を象った埴輪の総称)が出土しているわけではないのだ。だから、1997(平成9)年に始まる新田原ー祇園原古墳群(新富町)の一つ、百足塚の発掘調査で、人物埴輪を含む多種多様の形象埴輪が出土したことは、考古学を研究してきた私たちにとっても大きな驚きだった。宮崎県出土の全体像を現した人物埴輪に、初めてお目にかかったのだから。その全容が明らかになったのは、2002年のことであった。地域の歴史は、個性を持っている。個性的な踊る埴輪が個性的な地域から出土したように、宮崎県出土の人物埴輪も、また個性に満ちていた。 (後略) 」




形象埴輪が多数出土した、と著書にある新富町の「百足塚(むかでづか)古墳」。






   前方後円墳 墳長 80m 築造 6世紀。
埋葬施設は横穴式石室が確認されているが、発掘はされていない。

百足塚という名前の由来は、わからないそうである。昔は百足が多くいたのかな〜。






百足塚古墳」前の案内板に示された多種多様の出土した形象埴輪の一部。





多数出土した円筒、動物、人物、盾形埴輪の中で、円筒埴輪は1000体を越えるとみられている。




百足塚古墳から出土した埴輪を特別に見せてもらった(新富町所蔵)






新富町の収蔵庫にある人物埴輪「ひざまずく男性」 高さ63cm。





説明してくれた学芸員は「祝詞をあげているか、語り部として首長に何かを語っているのではないか」と話す。

「ハハッ 仰せのとおりでございます」と、言っているようにも見える。





新富町の収蔵庫にある人物埴輪「性器をみせる女性」 高さ90cm。






「神がかりした女性は踊りながら着衣が乱れ、性器を露出させています」   … 2006.11発行の展示図録の説明。

「ホラッ ちょっとだけよ〜」と、性にたいして、おおらかさを感じるな〜。
天の岩屋に隠れた天照大御神を引き出す作戦で踊ったアメノウズメノミコトの再来か?

多数の埴輪が出土した百足塚古墳について、前述の著書の中に、「6世紀前半の横穴式石室を埋葬施設とすると見られるが、継体天皇の真の陵墓であることが有力視されている今城塚(大阪府高槻市)で確認された埴輪祭式と強い共通性が認められるのである。」と記載。 とても興味深い。

2008年3月11日 (火)

引揚者


昨年6月18日の新聞で左の記事を見付けた。
引揚者にも銀杯が贈られる。
 







私も引揚者だったなと思い、詳細を関係機関である「平和祈念事業特別基金」のホームページで調べると、「外地に終戦日(昭和20年8月15日)まで引き続き1年以上生活の本拠を有した者」となっていた。昭和19年1月に生まれ、昭和21年に旧満州国より引揚げているので、該当することがわかった。


引揚者在外事実調査票 (昭和31年)
昭和21年引揚時
 父30歳 母28歳(妊娠7ヶ月) 私2歳 







両親も亡くなっていて、引揚者ということは戸籍でのみしか証明するものは無かった。そこで「外地居住等に関する申立書」を提出するために厚生労働省の社会援護局中国孤児等対策室に連絡したら、「引揚者在外事実調査票」なるものが残っていて送ってもらった。それによると、コロ島(葫蘆島)から引揚船で、昭和21年9月20日博多港に着いたことがわかった。必要事項を記入して「平和祈念事業特別基金」に提出して結果を待った。


そして申請が認められ、今年の2月に左の銀杯が送ってきた。
これを見るたびに、早く亡くなった両親が想い出される。






当時のことは幼児の身で何もわからないが、両親の庇護のもとで無事に日本へ帰れたのである。貧しい生活だったが本国で家族と暮せたことは最大の幸せだったと思っている。しかし、帰ることが叶わず中国の大地で亡くなったり、止むを得ず置き去りにされて残留孤児となった人たちのことを考えると胸が痛む。幸いに数十年後、憧れの日本に帰れた孤児の人たちもいたが、厳しい生活環境の元では国を相手に損害賠償を求める裁判を起こしたりしていた。しかし、国もやっと残留孤児を理解してくれ、昨年11月には残留孤児支援法も改正されて給付額がアップすることで、訴訟の和解や取り下げがなされていることを聞いている。
日本国民として、最後には「日本人に生まれて良かった」と言える日本国でありたいものである。