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2007年8月

2007年8月18日 (土)

飛鳥

8月10日〜8月12日スクーリングに行ってきた。
科目 考古学特殊講義(水野正好先生 元奈良大学長)

○8月10日午前中講義、午後は現地踏査授業 唐招提寺→西大寺 

○8月11日終日現地踏査授業(徒歩) 興福寺(北円堂・南円堂・南大門跡・中門・五重塔・金堂・僧房)→春日御塔→東大寺(東塔・南大門・大仏殿・西塔・二、三月堂・講堂跡・正倉院・戒壇院・転害門)

○8月12日終日現地踏査授業(貸切バス、徒歩) 橿原考古学研究所付属博物館→飛鳥寺→飛鳥板蓋宮跡→酒船石遺跡酒船石石舞台古墳→川原寺跡(車窓)→高松塚古墳

暑い中、貸切バスと徒歩での移動は汗だくで大変だったが、バイタリティ−あふれた水野先生の水野節とも言える暑さも忘れた名解説は、思い出に残るスクーリングになるであろう。


「石舞台古墳」の入口
蘇我馬子の墓とされる。今日、案内の水野先生は蘇我稲目(馬子の父)説のようだ。
昭和27年(1952)国特別史跡

拝観料250円、この暑い日にも関わらず観光客が多い。

宮崎県にある畿内様式の巨石横穴石室墳「千畑古墳」(西都市)の入口。
場所は西都原古墳群の東に並行してある茶臼原古墳群台地の西麓。
西都原古墳群の「鬼の窟古墳」と同様、昭和9年(1934)国の史跡指定
観光客に縁の無い寂しい場所にある。

「石舞台古墳」
玄室より羨道(入口)方面を見る。
玄室長さ約7.7m 幅約3.5m 高さ約4.7m
羨道長さ約11m 幅約2.5m

「千畑古墳」
玄室より羨道(入口)方面を見る。
玄室長さ約5.1m 幅約1.7m 高さ約2.8m
羨道長さ約4.1m 幅約1.7m 高さ約1.5m
規模は小さいが、作りが似ている。
「飛鳥寺」、西門より見る。ここは「大化の改新」の舞台だ。
先のほうの五輪塔は、645年に暗殺された蘇我入鹿の首塚と伝えられ、その先の丘は甘樫丘である。
甘樫丘の自邸にこもった蘇我蝦夷(入鹿の父)は歴史書や宝物そして自邸と入鹿邸を焼き自害したという。

何に使われたのか謎の「酒船石」が竹林の中にある。
江戸時代から、酒や水銀朱、菜種油の精製装置の説、作家の故松本清張氏は聖酒製造施設説などいろいろあるそうだ。
「酒船石遺跡」
亀形石造物や小判型石造物
酒船石(上の写真)の、だ円のくぼみから三方向の直線の溝一本を延長すると、亀形石の流水経路と重なるらしい。ここに溝や、といにより水を流したともいわれる。それは、祭祀?庭園?なぞは続くようだ。

2007年8月 8日 (水)

真夏の出来事




ヤモリがを挨拶?に現れる。








8月8日の丑三つ時、机に向かっていたら、窓に白っぽい動くものが見えた。

なんとそれはヤモリではないか。

一瞬、チョロちゃんが来たのかと思った。

以前(昨年の7月)に紹介した借家のヤモリ(チョロちゃんと呼んでいた)は、家も古かったので居ても当然と思われたのだが、今の家は新築8ヶ月である。

チョロちゃんと違うヤモリだけど、何で今になって出て来たのかな?

愛くるしい目、足指が五本、白っぽい腹、指先の丸い所でガラスにへばりつきキョロキョロしている。

虫を捕えるときの動きは、何所と無くかわいい。

建替える前の当時の家では見なかったのに、不思議な気がする。

30分ほどウロウロしていたが、そのうち見えなくなった。

朝になり、窓の外を見てみるも、隠れるような場所はないようなのだが、どこから現れたのだろう。

ヤモリは、家の守り神というから歓迎である。

深夜の気分転換、束の間だけど楽しみが増えたようだ。

明日から3日ほど家を空ける(この窓に明かりが無い)けど、3日後に帰ってからも会えるかな。