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2007年5月30日 (水)

ちがや

付近を散歩すると、畦道や土手に生えている「ちがや(茅萱)」を多く見かける。万葉集にも詠まれていると聞いていたので、古くからの植物であろう。

「ちがや」は、万葉集では十数首の歌が詠まれていて、その内の一首。

万葉集 333 帥大伴卿(大伴旅人)

「浅茅原(あさぢはら) つばらつばらに もの思(も)へば 故(ふ)りにし郷(さと)し 思ほゆるかも」
(岩波文庫 新訓万葉集より)

歌のなかで「ちがや」は「浅茅原」と詠まれている。

作者は大宰府の長官として九州にいたので、故郷奈良の浅茅原を思い出して詠んだのかもしれない。

白い穂は、火打石の火口(ほぐち…火打石を使って火を起こす時、火種にする)に利用されていた、そうである。

子供の頃は「つばな」と言っていたが、「ちがや」の別名でもあるそうだ。

白い花穂が出てくる前の穂を抜いて、中のしっとりした幼い穂を取り出し食べると、柔らかく、ほのかに甘かった。

何も無かった子供時代、遊び仲間と一緒に、「つばな」を採って食べた思い出がよみがえる。

「つばな」のことを孫に話すと、「昔は草を食べていたの?」と、言われてしまった。

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コメント

自遊人 さん全くしりませんでした。幼少の頃、食べるものが無い時代に私たちも食べていました。今は、道端のホコリまみれで食べられそうもありません。その外にも、タジンコ、シイシイバなども口にしていました。こんなこと書いていたら、年代がバレますネ!本当に、戦後生まれは口にするものが無かった。

流水 さま歴史講座の石器の話で、火打石の話も出て、その火口にちがやを利用していたこと、万葉集にも歌が詠まれていることを知りました。夏スクで奈良公園の浅茅が原に行った時に、その名が、ちがやであることも知りました。身近な植物だったのですね。食べられることを教えてくれた餓鬼大将が懐かしいです。

smileshine自遊人さんへこの植物、気になるし、良く見かけるのに名前知らなくて・・・。【ちがや】って言うのですね。覚えておきます。そして、“つばな”と“ちがや”が一緒だったなんて全く知りませんでした。shine

「つばな」懐かしいです!子供の頃、よく食べていました。写真のは育ちすぎたのですか?もっと小さかったような気がします。今の若い人は知らないでしょうね!麦のストローとかでいろいろ編んでいた様な記憶もあります。

ペペロンチーノまぁma〜。 さま在職中は専門一筋だったので、定年後に好きだったことをやっています。各種の講座に出席し、いろんなことを教えてもらい楽しいです。

てるてる坊主 さま始めまして、よろしくお願いします。写真のように花穂が出たのはパサパサして食べられませんでした。食べていたのは、つぼみと言えるのか、花穂が出る前のものでした。そのため見つけるのも上手い子、下手な子がいて競争したものです。また、昔は自分でいろいろな物を作ってあそびましたね。てるてる坊主さんと同じように、麦わらで虫かごを作ったりり、竹でメジロかごも作りました。ナイフでひご(竹を細く割って削ったもの)も自分でつくりましたね。年上の者が年下に教えながら、そういう時代でした。

マコモは、中華料理で芯の部分(たけのこのような部分)を食用にするのは聞いていましたが、チガヤも食べられるんですね。初めて知りました。

河内大王 さまウーン「マコモ」ですか。初めてその名前を知りました。ムシロ(わらで編んだ敷物)のことを「コモ」と言いますが、稲に関係あるのでしょうかね?此方にも、私が知らないだけで方言で呼び名があるかもしれません。「ちがや」と違ってりっぱな食材なんですね。知識が増えました。

流石に自遊人さんは、知識が広いですね。チガヤの若い花序がツバナで、善さんも昔食べたことがあり懐かしいですね。チガヤは群がって生えることから、千のカヤの意味と言われているようです。根茎は漢方薬となり利尿や血止めになるそうですよ。(自然かんさつ会の受け売り)本日、東京会場で受験してきましたが、また不合格になりそうです。

善 さますべてのことにいえるけど、最初に発見した人は素晴らしいですね。毒草を食べて苦しいめに、あったこともあるでしょうに。今の子供は自然を相手に遊ばないので、寂しく思います。こちらは夏スクで受験できるように、持駒を増やすべくモガいています。

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