-占い-
Powered by Six Apart

« 2007年2月 | メイン | 2007年4月 »

2007年3月

2007年3月30日 (金)

季節は春


今年も春がやってきた。

昨年と同じように菜の花も満開である。

1年のなんと早いことか。

歳月人を待たずだ。ア〜実感する。


平成19年度の学費を払ったので、大学の履修関係書類が送られてきた。自動的に3年次生だ。

平成18年度の成績通知書も入っていた。学費ほど学習してなく反省する。

平成18年度
予定 履修科目 テキスト14科目 スクーリング6科目
実績 履修科目 テキスト 9科目 スクーリング6科目
予定 履修単位 46単位
実績 取得単位 33単位

平成19年度
予定 履修科目 テキスト13科目 スクーリング9科目
予定 履修単位 46単位

平成19年度からは専門科目が主になり、スクーリングも多くなった。
家族の協力を得て、楽しく学習できればと思っている。

「レポート」や「科目修得試験」の結果を開封する時、胸の「ドキドキ」は、はるか昔、好きだった女性からの手紙を開封する時の気持ちと同じである。

この「ときめき」いつまで続くかな〜。


2007年3月22日 (木)

炭化木


西都原考古博物館のボランティア仲間と霧島の「炭化木」を見に行く。

霧島神宮古宮址より出発。前方の山左方は高千穂峰(1574m)

3月下旬の雪は珍しいとか。

高千穂峰には、慶応2(1866)年鹿児島に新婚旅行に来ていた坂本竜馬が、妻のおりょうと天の逆鉾を見に登っているそうだ。



雑木林の中、目的地に向かって雪の地面を進む。

「炭化木」のある谷。高千穂河原(霧島神宮古宮址)を出発して2時間。享保1〜2(1716〜1717)年の新燃岳(1421m)噴火時の火砕流に飲み込まれて、その後の雨による土石流の堆積や侵食が繰り返され、侵食されて谷となった所に現れている。



あちらこちらに現れている「炭化木」

何を想い、見ておられるのかな?

炭化木の想いを代弁すると、「もし火砕流に遭わなければ、炭になった姿じゃなく、大きく成長した巨樹の姿を見せることが出来たのに悔しい〜」ということかな?

突然の火砕流に襲われ、立ち木のままにされた。その時のままの状態で300年余経つも、まだ立っている。

無念さが伝わってくるようだ、と思うのは考えすぎ?

2007年3月10日 (土)

ひえつきの里


久しぶりの仕事で、椎葉村へ行ってきた。

ここで、そばを食べて腹ごしらえ。

焼畑で出来たそばだったのかな?

美味しかった。


上椎葉ダム

戦後復興のため建設された、日本最初のアーチ式ダム。昭和25年着工、昭和30年竣工。堤高110m、堤長340m。105名の尊い犠牲の上に完成。夏祭り(7月下旬)には堤上で花火が打ち上げられる。

大久保のヒノキ

樹齢800年(伝承)、国指定天然記念物。
幹周り約9m、樹高32m。東西32m、南北30mに渡り枝を広げて主幹にからみついている。立っている御仁は180cm、比べると大きさがわかる。

十根川地区の棚田

帰る途中、棚田の緑が美しかった。

何が植えられているのだろう?

先人の苦労が偲ばれる。

2007年3月 4日 (日)

古代を感じる

西都原考古博物館主催の「大淀古墳を歩こう!」があり、小学生を含めた20名弱の愛好者に交じり参加した。

大淀川下流域に広がる宮崎平野にある古墳群は、大塚町周辺の標高7〜8mに位置する「大淀古墳群」(前方後円墳3基・円墳3基・横穴墓1基) と 南部丘陵の標高20〜30mに位置する「生目古墳群」(前方後円墳8基・円墳22基・横穴墓9基) そして 中南部段丘群の標高70〜20mの「下北方古墳群」(前方後円墳4基・円墳12基・地下式横穴墓9基)がある。4世紀後半〜6世紀後半に造られた首長墓のものだそうだ。

この内「大淀古墳群」と「下北方古墳群}を回った。生目古墳群は現在、「生目古墳群史跡公園」として整備中で、2008年オープン予定である。


大淀川を中心に宮崎平野が見下ろせる平和台公園(下北方古墳群内)で、講師の説明により古墳群の位置を確認する参加者。

みんな熱心である。

住宅地の中にある円墳の説明を熱心に聞く参加者。

周辺の宅地化で削られ窮屈そうにしている円墳である。





古墳も造られた場所により運不運があり、整備保存される物と破壊されている物がある。でも、残った古墳も無くなった古墳も埋葬者の霊が「千の風」になっていれば、どちらも幸せであろうと考えるのは人間だけsign02